無職で社会に後ろめたいとかは正直無いんだよな

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どうも。

ネットとかだと無職は社会のお荷物で申し訳ない(風に振る舞ってほしい)みたいな感覚の人もいるみたいですが、自分は正直そういう感覚はないですね。

せっせと働いて税金払ったあとのお金で節約してためたお金で貧乏暮らしてちょっと休んでるって感じですし。それを無職と呼ぶかセミリタイアと呼ぶか正直迷うところですが。

別に悪びれるわけでもなく、お金が無ければ働けばいいし、あれば働かなくていいんじゃないくらいの気持ちです。

それなりにお金を使いたい人は働き続ければいいし、働きたくない人は貯蓄して休養期間を持てばよいしという話。

結局稼いだあとに税金取られてそのお金をどうこうしているわけですし。セミリタイアしてる人は今払ってなくても前には相当な額を払っているわけで。

日本は新卒一括採用で年功序列で一度脱線しちゃうと面倒な社会だったので話がややこしくなりがちですが。

とはいえ、自分が親に養われているとか、福祉に養われているとか、そういう他人に目に見える形で上下関係付きで依存しているとなると後ろめたさは出てくるかもしれませんね。

まあ、それなりに公的な教育を受けたのでなんか研究機関とかそういう市場原理から外れたところで一日1時間くらい未来のために日々還元するお仕事でもあればななんて考えますけど、そんなお気楽な仕事はないでしょうし、あるとしてもずっと積み上げてきた人だけでしょうね。

ボランティア的な活動には多少は興味はありますが、小銭稼ぐために単価の低い苦行みたい労働は避けたいですし、自分(皆)が避けた結果として単価が上がってくれればいいと思います。

皆が必要な仕事を辞めたら社会はどうなるみたい極論はありえないですので意味がないです。
必要ならそれなりに高い時給で無職者が働き出すと思いますし、私も時給がありえないくらい上がれば喜んで短期間働くでしょうし。

お金が心許なくなれば働きますが、なんとしても社会のために働かなきゃみたいのは正直理解できません。無職が長いと転職が難しいとか、お金が減るとか、モテなくなるとかそういう要素なら理解できますがw

5行くらいで終わろうと思ったら案外長くなってしまいました、今後はちょっと考えたことをメモる用途に使おうと思います。日記とか書かないし固定費かかってるここに残す手もありか、ツイッターはさかのぼりにくいし。

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